NBA.com/Japan ウィークリーコラム
レブロン・ジェイムスに求められるもの
By Masasyoshi Niwa

翌日ーー、レブロン・ジェイムスに対する非難が増していた。

 
 
1年目から驚異的な活躍を見せているものの、レブロンに対する非難の声も存在している。しかし、それも期待の表れでもある。
Nathaniel S. Butler/NBAE/Getty Images
ピストンズ対キャバリアーズ(キャブス)によるイースタン・カンファレンス・ファイナルの第1戦、2点をリードされたキャブスは、残り36秒から、同点を狙う。まずは、レブロンがボールを持ち、相手を引きつけたところで、ジドリューナス・イルガウスカスにパス。このシュートが外れるも、オフェンス・リバウンドを奪ったキャブスは、再度、攻撃権を得た。

残り時間は、12秒。

ここでもレブロンがボールを持ったが、やはりディフェンスを引きつけてから、3ポイントラインの外側でワイドオープンだったドニエル・マーシャルにパスをする。ところが、プレイオフでの3ポイント成功率が40%ちょうどだった彼のシュートもまた、リングに嫌われてしまう…。

キャブスは、こうして第1戦を落とし、ピストンズは凌いだ。

さて、試合後、レブロンによる2つのパスが、問題となった。

なぜ、自分でシュートに行かないのか? と。

本人は、「勝つためだ。100回同じ機会があれば、100回ともそうする」と話したが、なぜ、マイケル・ジョーダンのように、コービー・ブライアントのように、昨年のファイナルで活躍したドウェイン・ウェイドのように、決めにいかないのかーーという見方が、米メディアには根強い。

例えば、ケビン・ガーネットなども、度々言われてきたことだ。

「積極性がない」

「ゲームが決まるような場面なら、そのチームの中心選手が得点を狙うべき。そうであるなら、結果に関わらず、納得ができる」

その日の夜、車を運転しながらラジオのスポーツトークショーを聞いていると、やはりそんな意見が圧倒的だったが、それがやはり、ああいった場面での鉄則なのだろう。

しかし、結果論でもある。

あのマーシャルのシュートが入っていたら、今ごろはレブロンの決断が賞賛されていたはず。

 
チームのエースは間違いなくレブロンであるが、チームを勝利に導けるエースになれるか否かが今後レブロンの課題である。
Nathaniel S. Butler/NBAE/Getty Images
 
もしこのまま、キャブスがファイナルに進めば、あのプレイが全体の流れを決めたとも、語り継がれたに違いない。

1997年のファイナルでは、ボールを持ったジョーダンが、ディフェンダーを引きつけて、スティーブ・カーにパス。カーがそれを決めて試合をものにすると、ジョーダンが逆に、賞賛された。

非難する側も、それは分かっているに違いない。分かってはいるけれど、なおもそれを求めるのは、その日のレブロンが、やや消極的であったからかもしれない。

信じられないことに、この日のレブロンは一度もフリースローラインに立っていない。

インサイドに、アグレッシブに攻め込んでいたかと言えば、記憶にない。何より、このところ、彼はゲームの終盤でのフリースローを度々外している。

あの場面、バスケットに向かえば、ファールをされるーーその時に、フリースローを確実に決められたかといえば、本人がそれを、一番疑ったのかもしれない。

結局は、複合的な要素があって、レブロンへの見方が厳しい。

その一方で、レブロンが10得点ながら、キャブスはピストンズと互角に戦った。接戦になったのは、レブロンがチームメイトを絡めながら、戦ったからだ。マーシャルのシュートが決まっていれば、トリプルダブル。

ただやはり、選手は、結果で判断される。特にプレイオフでは、過程など意味がない。レブロンはその現実と、今後、どう自分のスタイルと折り合いを付けていくのか。

逆の見方をするなら、シリーズの行方とともに、彼のさらなる成長が楽しみでもある。


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